思えば昔から、雨が好きだった。

雨が作り出す世界観が好きだった。

 

しかし病気になってからというもの、すっかり雨が嫌いになってしまった。

雨を楽しむどころか、雨が降る前から気圧の変化のせいで気分はふさいでしまうし、身体も重くて一日中寝込んでしまう日もある。いつの日からか、雨が来ると思うだけで、身構えてしまうようになった。

 

でも今日の雨は特別だった。

 昨日、母が「明日は雨よ」と教えてくれた。

今日は幸い日曜だったので、仕事に行く必要もなく、気楽に構えていた。

 

目を覚ますと、まだ部屋は暗かった。まだ早朝かと思ったが、時計を見ると朝9時。

 

そうだ、雨だ。

 

二度寝をしてしまい、11時に起きたが、部屋はやっぱりまだ薄暗かった。

薄暗い部屋には灯りが必要で、照明をつけて暖かい紅茶を飲んでいた。

 

ふと、昨日洗濯したばかりのカーテンを開けてみた。

部屋が少し明るくなったのと同時に、お隣さんのお庭がいつも通り目に入った。

 

お隣さんのお庭は、他人事ながら、あまり手入れされていない。黒と白黒の猫が4匹、いつもお庭をウロウロしているのだが、雑草は猫たちの伸長をゆうに超えているし、玄関に続く石畳の道が1本あるだけで、全体的に漫然とした様子だ。

でも私はこのお庭が好きだ。

なんといっても、いろんな木がたくさん植えてある。

私の実家のお庭も田舎なので例にもれず大きめだが、ここまで木は植えてない。お世話がなかなか大変だからだ。

ところがこのお庭には、今見えるだけでも、松、梅、桃、きんかんの木も見える。

 

今日はそのお庭の緑が、とても深く、でも新鮮で、大げさにいうと輝いて見えた。

 

うん、雨だ。

 

私は早速、紅茶を片手に窓を開け、ずいぶん暖かくなった冬の空気を肌で感じながら、お庭を眺めた。

 

水たまりに落ちる雨音が響く。

最近芽を出し、みるみると大きくなった薄緑色の若葉に、雨が落ちる。

木の枝に止まった小鳥が、羽に溜まった雨水を落とそうと、身体を揺らす。

今日は猫たちの姿はない。

小鳥たちだけが、紫、白、ピンクの花たちそして、深い緑と新しい緑の木々の間を軽快に飛んでいく。

セーターを着ていない、薄手のTシャツだけの肌に、ひんやりと心地よい風が触れる。

 

別の窓も開けてみる。

 

その窓の外には、手を伸ばさなくても触れるくらい近くに木があった。

葉のないその木の枝に、雨粒がつたう。

雨粒は、枝の端までいって、地面に落ちる。

落ちた先に目を向けると、つつじの葉も元気を出していた。そうか、もうすぐあのわくわくするようなピンクの花がお目見えするのか。

端まで行かずに枝の途中で落ちる雨粒もあった。枝の端で今にも落ちてしまいそうな粒を眺めていると、その先に新芽が見えた。小さな小さなその新芽たちは、春らしい薄緑色で、さらにその向こうの通りを歩いていた女の子たちの制服に、なんとも言えない程良く似合っていた。

 

大きく息を吸い込む。

いつも見ている景色が、今日は全く違って見えた。

 

そうか。

 

春が来たんだ。

 

春の雨なんだ。

 

涙の冬は、とりあえず終わったのだ。

 

ごきげんよう